ナトリウム封入中空バルブの有効性について

先日発表されたホンダの新しい軽自動車「N-WGN」に搭載されたS07Aエンジンで、ついに軽自動車でさえもナトリウム封入中空排気バルブが採用されました。(ただし、現時点ではNAモデルだけみたいですが)

高性能なスポーツエンジンであれば珍しくもなくなったこのナトリウム入りエキゾーストバルブですが、コストに厳しい軽自動車でさえも採用しなければならないほど、現代のエンジンは高い熱効率が求められるようになっているということなのでしょう。

↑ホンダのN-WGNから採用されたナトリウム封入中空排気バルブ。

そもそもナトリウム封入中空排気バルブとは?

レシプロエンジンの排気バルブ(エキゾーストバルブ)はとくに高負荷運転時には非常な高温に晒されます。

とくに燃焼温度の高いターボエンジンでは、排気ガスの温度は20年前のレベルでも850度から900度程度、現在の高性能ターボエンジンでは1000度にも及ぶ超高温になります。 当然、排気バルブはこの高熱を受け止めるためそれ自身も高温になるのですが、排気バルブの材質(通常は耐熱鋼であるSUH31~38あたりが多く使われ、バルブシートに接するバルブフェース面には耐摩耗性向上のため、ステライトというコバルト系の超硬質合金が盛られる)の耐熱性の限界はせいぜい800度程度なので、なんとかこの温度に収まるよう、放熱を良くしなければなりません。

ちなみに、本格的なターボのレーシングエンジンでは、市販車とは比べものにならないほどさらに燃焼温度や排気温度に晒される(燃焼温度は2500度以上、排気温度は1100度以上に達する)ため、もはや市販車と同じ耐熱鋼材で排気バルブを造ったのでは持たないため、さらに超高温に耐えられるインコネル系の高ニッケル含有の耐蝕耐熱超合金(NCF、別名スーパーアロイなどとも呼ばれる)が使用されます。 この素材はその70%~90%がニッケルでできており、最高1400度近くまで高温強度を保てるのですが、さすがに高価で加工も困難な材質なので、市販車はもちろんのこと、一般のチューニングパーツとしてもまずバルブに使われることはありません。 ほんとにコスト度外視のメーカーワークスの本格的な純粋なレーシングエンジンだけに使われる高級な材質です。

それで、市販車のエンジンであれレーシングエンジンであれ、このような高熱をいかに速やかに放熱させるかという手段として、このナトリウム封入排気バルブが使われます。 これは、バルブの軸部分であるバルブステムを中空にし、その内部に空間容積の50%から60%の量の金属ナトリウムを封入します。 この作業は大気中では危険なため、真空中でおこないます。

この封入される金属ナトリウムは常温では個体ですが、溶融点は低く、約98度ほどで液体になるため、エンジンを始動してバルブが温まるとすぐに液状化し、バルブの上下動とともに内部でシェイクされ、これによってバルブの傘部分で受けた熱をステム部分に速やかに熱伝導し、バルブステムと接触しているバルブガイドを介して、シリンダーヘッドのウォータージャケットに放熱するのです。 しかも、ナトリウムは比重も0.97と水の1よりも軽いため、バルブステムが中空になることと併せてバルブ本体がより軽量化できるというのもメリットとなります。

これによる放熱効果はどれほどのものか

私も様々な文献で知る限りでしか情報は持ってないのですが、バルブ製造メーカーなどが言っている話では、通常の中実(無垢)バルブに比べて、ナトリウム封入排気バルブだと、バルブフェースの温度は最大で50度から100度程度低くできるということです。

さらに、日産のR35 GT-R 2012年モデルから採用された「傘まで中空にしたナトリウム封入排気バルブ」では最大で200度以上もバルブフェースの温度を下げることに成功し、通常走行では600度程度までしか昇温しないというレベルにまでなっているとのことです。

↑中実バルブ、ステムのみ中空バルブ、そしてGT-Rの傘まで中空バルブを比較したカットモデルの写真です。

これによるコストアップはどれほどのものか?

市販車ではじめてこのナトリウム封入排気バルブを採用したエンジンは何なのか私は知らないのですが、国産車で大きく話題になったのは平成元年にデビューした日産R32スカイラインGT-RのRB26DETTエンジンです。この時代はまさにバブル景気の真っ只中でもあったので、ほんとに贅沢なメカニズムが奢られたものでした。

とくにこのR32GT-RはグループAカテゴリーでの勝利のためだけに作られたホモロゲーションのベース車だったので、当時の日産のもてる技術の粋を尽くしたマシンとなっていました。 なので、この金属ナトリウム封入排気バルブも当然のように採用されたのです。

ただ、現在では冒頭にも書きましたように、軽自動車にまで使われるほど生産にコストも下げられるようになったらしいですし、メーカーの説明では「ナトリウム封入にすることで高価な高耐熱合金を使用しなくても済むため、かえってコストダウンになる」とも書かれています。

本来は高コストなレーシングエンジンのメカニズムであったものが現在ではコストダウンのために使われているというのもなんだか面白い話だと思います。

スズキのK6Aエンジン、とくに初期型の旧規格K6AではNA、ターボ問わず排気バルブのトラブルが問題になりましたが、ここまでコストダウンがすすんだからには近いうちに現在のR06Aエンジンにもナトリウム封入排気バルブが採用されることになることは確実でしょうね。

とくに軽自動車の場合NA、ターボともに市販車ではレギュラーガソリン仕様がほとんどなので、高圧縮比や高過給エンジンでオクタン価の低いガソリンを使うとノッキングが起きやすいため、これを回避するための技術としてこのナトリウム封入バルブが必要になったのだと思います。 つまり、排気バルブの温度が下がればそれだけ高温にならずに済むため自然着火によるノッキング限界が上がることから、より圧縮比を高めることが可能になり、これがよりエンジンの熱効率アップにつながるため、より、ハイトルク、省燃費になるということです。 事実、スズキのR06Aエンジンが圧縮比11.0:1なのに対してホンダのS07Aエンジンは圧縮比11.8:1を達成しています(ともにNAエンジンでの比較)。 この差は熱効率という面で考えるとものすごい大きな差です。

もしこれがハイオク専用のエンジンだったらレーシングエンジンなみの圧縮比12.5あたりまで可能になるのではないでしょうか。 ほんとに軽自動車のエンジンというのは限られた排気量から極限まで効率を追求するものだと感心します。

つまり、同じナトリウム封入バルブとは言っても目的が違い、軽自動車の場合はGT-Rのようなハイパワーのための採用ではなくて、省燃費、ランニングコストダウンのための採用というわけです。

ちなみに、このナトリウム封入バルブという技術は飛行機のエンジンでは戦前からあった技術で、それ自体はとくに先進的で目新しいというほどのものではありません。 R35 GT-Rに採用された傘中空排気バルブも三菱重工の航空機技術のフィードバックとのことですので。 しかし、飛行機と市販車ではかけられるコストレベルが違いますから、一概に比較しても意味はないでしょうね。

↑R35 GT-RのVR38DETTエンジンの傘まで中空バルブの製造工程です。 要するに深シボリ加工みたいな感じで、無垢素材からステムを少しづつ径を細くしていく工程になるわけです。

中空バルブの欠点

なお、このナトリウム封入中空バルブはいいことだらけなようにも思えますが、欠点もあって、それは内部を中空にする以上、どうしても中実バルブステムに比べてステム径が太くなってしまうということです。

バルブの傘径が大きいエンジンならばそれほど問題にはなりませんが、軽自動車エンジンのようにバルブの傘径が小さいエンジンだと、ポート内を貫通するステムが太くなるとそのぶん、実質的なポート断面積が減少して排気抵抗が大きくなるというデメリットが生じることがあります。

<ご注意ください>

ナトリウム封入バルブは特別な方法で廃棄する必要があります。 これはナトリウムは空気中の水分、さらには液体の水と激しく反応するため、非常に危険があるためです。 ですので、皆さんは興味本位でナトリウム封入バルブを切断するなどの分解は絶対にしないでください。 切断時の熱で内部のナトリウムが液体化、それが水分と反応すると爆発的な反応をして、大やけどや失明などの被害を受ける危険があります。