独立コイル式での同時点火システム「MPIS」について

以前の記事の中で、永井電子(ULTRA)のMDIについて「パルス的に点火(3回~6回)をする」

と書いたのですが、これについて「最近出てきている同時点火システムと同じようなものなのか?」と

いう質問がありました。

最初これを読んだとき「最近の同時点火?」と疑問に思いました。 なにしろ同時点火というのは現在

となっては「過去の遺物」のようなシステムなのでなぜ「最近」なのかと思ったので調べてみました。

それで謎が解けました。 どうも最近「MPIS」という名称で売られているアフター製品のようです。

最初これを見たときの私の印象はまるでサイド6で父親に会ったアムロ君のように「こんな古いものを…

父さん、酸素欠乏症にかかって…」という心境になりました(笑) 本格的なレーシングエンジンでは

もう20年以上も前に淘汰されたシステムなのに、なぜ市販車でも独立コイル式(低圧配電型の直接点火式)

のシーケンシャル点火(順序点火)が当たり前になった現在になってわざわざ同時点火なんか使うのか

私には非常に疑問なのです。

まず「同時点火システム」について基本的な説明をしたいと思います。

同時点火というのはDLI(ディストリビューターレスイグニッション)システムのはしりで、以前は2輪でも4輪でもよく使われていました。 本当は1つ1つの点火プラグごとに点火コイルをつけたいのですが、コストダウンのために2つのプラグに1つの点火コイルを装着することから2気筒を同時に点火することにしたわけです。(チューニング用では1プラグに1コイルの同時点火というのもあります)

たとえば直列4気筒であれば同位相クランクの気筒、つまり1と4、2と3シリンダーを同時に点火するのです。 このとき、ひとつの気筒では圧縮上死点の本来の点火ですが、もうひとつの気筒では排気上死点となります。 この排気上死点で点火するシリンダーではすでに燃焼(膨脹)行程を終えたあとですので燃焼はしませんので、この排気上死点の火花(スパーク)はまったく意味のない無駄なものなのです。

ですのでこの同時点火システムは別名「捨て火式(ウェイスト・スパーク)」とも呼ばれます。

とくに不思議に感じたのはK6Aのような「直列3気筒で同時点火」って…? と思いました。 直4や直6なら2つのシリンダーが同時に上死点にくるので理解できますが、直3は120度クランクなので2つのシリンダーが同時に上死点にくることがないからです。 これについてはどうも排気上死点ではなくもっと前、つまり排気行程の途中で点火しているらしいです。(ただ、理論上は独立コイル式であればわざわざ同時に点火しなくてもECUマップにより各気筒で随時自由に点火タイミングは設定できます)

前述のように同時点火の本来の目的は「ディストリビューター(デスビ)をなくしたい」つまりDLIにしたいということにあります。 デスビがなければデスビ内の配電部のローターなどの消耗部品がなくせますのでメンテナンス性で有利になりますし、とくにデスビは水濡れによるリーク(漏電)に弱いのでそういった無用なトラブルをなくすことにも繋がります。 だからとくに雨の日に点火系が濡れやすいオートバイのエンジンでは同時点火が多かったのです。 ですが、現在のように1プラグ1コイルの「各気筒独立ダイレクトコイル点火式」になってからはわざわざ2つのシリンダーに同時にスパークを飛ばすことは無駄にプラグの電極消耗を早めるだけで意味がなくなったので、当然、同時点火にする必要もなくなったわけです。

↑<参考>スズキG13Bエンジン。 見てのように1つのイグニッションコイルで2つのシリンダーを同時に点火するシステムであることがわかります。 なのでデスビレスにできるのです。 ただ、2つのプラグに同時に火花を飛ばす関係で余計に点火エネルギーが必要となるため、この同時点火用のコイルは大きく重くなるのが欠点です。 この同時点火というのは言ってみればデスビ式と独立コイル式(DIS:ダイレクトイグニッションシステム)式の中間的なものと言うことができます。

それでも「昔は」この排気上死点の同時点火にも若干の意味があったと「言われていた」時期もあります。

それは

1)燃焼後の排気ガスにわずかに残ったガソリンと酸素(HCとO2)を再燃焼させて排ガス中のHC濃度を下げる効果がある。

2)排気ガスをわずかでも再燃焼させることで排気ガスの圧力、流速が高くなることでたとえばターボを回す力、NAでは排気を吸い出すイジェクター効果が高まることでトルクアップ(パワーアップ)に繋がる。

3)排気行程で予めスパークを飛ばすことでプラグ電極の「カブリ、くすぶり」を飛ばす効果がある。

というものです。

ただし、これはあくまでも「昔の」話です。 要するに昔のキャブレター制御の時代やインジェクションでもまだ現在のように緻密な空燃比制御ができていなかった頃、無駄に濃い混合気が燃え残ったり、吹き抜けたりしたHCが残留酸素、あるいは熱解離によって生じた酸素と結びついて若干の燃焼をするという理屈が1)と2)です。 3)は、その濃い混合気によってプラグがかぶったりくすぶったりするのを防止するという考えです。 しかし現在のようにO2センサーや高精度なラムダセンサーを使用して緻密な電子制御がなされるようになり、インジェクターの多ホール化によって霧化効率も向上してからはこのような「燃え残りをさせるような無駄な燃料」は吹いていません(少なくともストイキ領域、つまり理論空燃比でフィードバック制御されている領域では)ので、排気行程で点火して燃焼するほどの生ガスが残っているというほうがおかしいのです。 そもそも昔の上記1)~3)の理由についても今でも本当に効果があったのか怪しい限りです(本当にそんな効果があったら淘汰されていないはずです)。

なのでもし、最近のエンジンで同時点火にして「何かしらの変化」が感じられたとしたら、そのエンジンには以下のような問題があるものと考えられます。

1)空燃比(A/F)が正しくセッティングされていない(空燃比が濃すぎる)。

2)点火時期が遅れている。

3)ミスファイア(失火)がかなりの頻度で起きている。

この理由ですが、1)については、上記でも触れていますが要するに空燃比が濃すぎて燃焼に必要な量以上のガソリンを噴いているために「あと燃え」するわけです。つまり「セッティングが狂っている」というわけです。 2)については点火時期が遅れぎみ(リタードぎみ)なため、膨脹行程中に燃焼しきるはずの混合気が排気行程になっても燃焼しているという状態です。 これはかなりのパワーロスになっているはずです。これも「セッティングが狂っている」ということです。 3)のミスファイアは

どんなエンジンでも若干は起きているものですが、これが体感できる頻度で発生している場合です。

これも空燃比のセッティングが悪いか、あるいは点火系のエネルギー不足などで正常に着火、燃焼しなかった混合気が排気行程で燃焼してしまうということです。 ある意味ではアフターファイアー(後火)とも言えます。 これは点火系を見直すチューニングを施すことでほぼ解決できることが多いです。

つまり、現在のエンジンで同時点火にして何らかの変化が感じられたとしたら、その前にまず「きちんとしたECUセッティングや点火系チューニングをするべき」なのです。

そもそも、正常なエンジンであれば吸入された混合気は膨脹行程中、上死点をすぎてからクランク角度で60度も回ればほぼ100%に近いくらいの割合で燃焼しきるはずです。 つまり、排気行程になってもまだ燃焼できるだけのガソリン分(HC分)が残留していることのほうが問題なので、まずは信頼できるチューニングショップ、あるいは自分で空燃比や点火時期のセッティングをやり直すべきなのです。

ですので、私の結論としては「きちんとした空燃比および点火時期のセッティングができていて、点火パワーも充分なエンジンであれば、同時点火にしても性能的には何の変化もないはずである」ということです。 逆に言うとこの「MPIS」なるものをつけて効果が出るということは、そのエンジンは空燃比および点火時期のセッティングがベストな状態ではない証拠であるということが言えるのです。

このMPISを売る業者側は「パワーアップ」「燃費向上」などの効果を謳って「誤差程度のパワーチェックグラフ」を載せていますが、もし本当にそんな「排気ガスの燃焼」という現象が起こっているのであればそれ以前に「排気温度計」や「O2センサー電圧」の数値に変化が出なければおかしいはずで、そうでなければ「排気が再燃焼する」という理屈が成り立ちません。 なお「HC濃度」の変化でもこの現象の観察はできますが、HC濃度だけでははたして「酸化」なのか「燃焼」なのかがわかりません。 売る側は「排ガスの再燃焼」を謳っているわけですから、単に穏やかな酸化作用だけではエンジンの性能に影響は出ません。 なので燃焼していることを確かめるためにも排気温度およびO2濃度と併せた変化を見るのが確実だと考えます。

その結果、もし本当に排ガスの燃焼が起こっているのであれば、当然排ガスの温度も上がっているわけですから後述するようなデメリットやリスクが生じるのです。 私も以前試したことがありますが、排気温度というのは非常に敏感で、点火時期を3度ほど進めたり遅らせたりするだけでも50度ほどは簡単に上下してしまいます。

とにかく、排ガスの「あと燃え」というのはエンジンにとっては決して良くない状態なのは間違いありません。

そもそも、仮にわずかに排気ガス中にHCが残っていたとしても「燃焼」するためにはある一定の濃度が必要ですし、HCと同時にそれを燃焼させるO2、つまり酸素も必要です。 昔、排気ガスを再燃焼させるサーマルリアクターという排ガス浄化装置がありましたが、これは排ガスを再燃焼させるためにかなり濃い空燃比にし、かつ酸素として二次空気を噴射していました。ここまでやらないと排気ガスは燃焼しないのです。

同時点火のデメリットについて

ここからが重要なのですが、あいかわらずこういったものを売っているショップや業者というのはその効果は誇大に宣伝するものの、デメリットについては一切書かないという悪質な面が見られます。 とりあえず売る側が言っているように排気行程に同時点火にすることによって残留ガスが燃焼する効果が「仮に」あるとした場合、以下のようなデメリットやリスクも同時に発生する可能性があることをご留意ください。

1)排気温度が上昇するのでエキゾーストバルブ(排気バルブ)が高温になり、溶損、クラック(ひび割れ)

などのトラブルや異常摩耗の原因になる。(とくに排気バルブトラブルが多いK6Aエンジンでは要注意!)

2)排気ガスの温度が上がるので、同じくエキゾーストマニホールドやタービンハウジングにクラックが入りやすくなるなど、部品の寿命が短くなる。

3)ターボの場合、排気温度が上がることでターボチャージャー本体そのものの寿命が短くなる。

4)排気温度が上がるので、O2センサーや触媒コンバーターの耐久性が下がり、寿命が短くなる。

5)排気温度が上がるので排気ポート周辺のシリンダーヘッドの温度も上がり、結果として燃焼室壁面や冷却水温度も上がるため、熱ダレやノッキングの発生、最悪はオーバーヒートする危険性がある。

6)当然、スパーク回数が倍になるので点火プラグの電極消耗が多くなるのでプラグ寿命が短くなる。

7)バルブオーバーラップの大きいエンジンの場合、吸気側に炎が吹き返す「バックファイアー(逆火)」を起こす可能性がある。これは最悪は燃料ラインに火がつき車両火災にも繋がる危険性がある。

…などです。

要するに排気ガスを「再燃焼」させるということはそこでもう一度排気ガスの温度を上げてしまうわけですから、当然、排気バルブ、エキマニ、ターボ、O2センサー、触媒などに対する熱攻撃性が高まりますので、これらの部品の寿命を縮めてしまう、最悪は大きなトラブルにつながる危険性があるのです。 とくにハイパワーにチューニングされたターボエンジンではわざと空燃比を濃くして「ガソリン冷却」をしているのに、ここで排気温度を上げてしまったら排気系部品やターボの保護をしている意味がありません。

さらにK6Aエンジンはただでさえ排気バルブのトラブルが多いエンジンで、とくに排気行程中は当然、排気バルブが開いていますからバルブシートにバルブフェイスが接触していないためバルブの傘部で受けた熱が逃げにくいので、さらにバルブに対する熱的ダメージがかかることになります。 こうしたリスクを考えると、少なくともチューニングしてパワーアップしたターボエンジン、とくに排気温度をギリギリのところでセッティングして使っているエンジンにはこの「同時点火システム」を使うのは考えものです。 私ならこのMPIS装着により「仮に」ごく僅かな効果があったとしても、上記のようなリスクを負ってまでこれをつけるより「エンジン保護」のほうを優先します。

さらにもうひとつチューンナップというかA/Fマッチング上の問題として、もし本当に排気行程で残留した混合気が燃焼したとしたらそのぶん排気ガス中に含まれる酸素濃度が変化してしまうため、空燃比を制御しているO2センサーが正しい信号(電圧)を出してくれないことになります。 つまり、空燃比計の数値が信用できなくなってしまうというやっかいな問題が出てきます。

まとめ

この「MPIS」なるシステムをつける、つけないは個人の自由です。 しかし、自分のエンジンの状態をよく考慮し、上記のようなデメリットやリスクをよく考えたうえで決めてください。 私個人としては上でも書きましたように「こんなものつけるくらいなら、まず基本的なECUセッティングと点火系のチューンをするほうが先決」だと考えます。 そうすればこんな同時点火なんてものは無意味だと考えます。

追記

いくつか意見をいただきましたので、私の考えを書き足したいと思います。

エンジンをチューニングする方法というのはたくさんありますが、その真理というか目標は単純であり、「4サイクルガソリンエンジンの原点と究極はオットーサイクルにある」ということです。 すべてのエンジンチューナーさんはことあるごとにこの基本に立ち返って考えていただきたいと思うのです。

↑<参考> オットーサイクルのPV線図

オットーサイクルの詳細についてはここで書くと長くなり過ぎるので割愛しますが、こと点火と燃焼ということについては「いかに短時間で燃焼させるか」というひとことに尽きます。 理想的なオットーサイクルでは図の2-3間は完全な上死点の「定容積」のままで燃焼が完了しますが、もちろん現実には点火してから混合気が燃え尽きるまでには時間がかかります。 なのでこれを「時間損失」と称します。

ですので、エンジンチューニングにおける燃焼の改善と言うのはこの時間損失によるロスをいかに少なくするか、つまり「圧縮した混合気をいかに急速に燃焼させるか」というこの一点に尽きるのです。

エンジンチューナーは本来このことにその技術力や英知を注ぐべきなのです。 そういう視点からするとこのMPISのように「燃え残りの混合気に期待する」なんてバカな考えはまったく間違ったチューニングとしか言い様がありません。 私が考えるに正しいエンジンチューニングとは、やはり「燃え残りをいかになくすか」という努力をすることだと思います。というか、燃え残りなどあってはいけないという考えです。

上死点前で点火された混合気を可能な限り早く、つまりピストンが下がらないうちに燃え尽きさせるために空燃比制御、インジェクターの霧化性能、ポート形状、燃焼室形状などの改良、改善をすることこそがエンジンチューニングの命題なのです。

上のほうで「正常なエンジンであれば吸入された混合気は膨脹行程中、上死点をすぎてからクランク角度で60度も回ればほぼ100%に近いくらいの割合で燃焼しきるはずです」と書きましたが、燃焼効率を徹底的に突き詰めた純粋なレーシングエンジンはこの半分のクランク角でほぼ100%燃え尽きるそうです。なので排気行程でもう一度スパークを飛ばしたところで「燃えるものなどない」のが正しいチューニングと言えます。 だからこそ私はこの「同時点火による性能向上論」についてはエンジンチューニングの方向性として大いに疑問なのです。 このへんはチューニングに対する個々の考え方の違いもあるとは思いますがまずはもっとも基本的な「良い混合気」「良い圧縮」「良い火花」を押さえたチューニングを施すのが順序ではないかと思うのです。 そういう意味でもこのMPISなる考え方、やり方は邪道であると考えます。

私もこのMPISが単なるドレスアップパーツやアクセサリーで、つけたからといって「薬にも毒にもならない」パーツならばここまで書きません。 なぜこういうやや厳しい書き方をするかというと、これは私がつけているレデューサー(クランクデコンプバルブ)にも言えることですが、「下手するとエンジンを壊す危険性がある」ことをユーザーにしっかり認識していただきたいからこそです。 このへんをよくご理解ください。

実際、レデューサーやNAGバルブなども表には殆ど出ませんが、裏ではけっこうトラブルが出ているようです。

こういうパーツのメーカーやショップは利益最優先でモノを売ることしか考えていませんので、デメリットやリスクはユーザーにまったく伝えません。 だからこそユーザー自身が勉強し理解しなければならないのです。

ちなみに、同時点火とは違いますが、排気に点火(着火)させる仕組みには理由のあるものもあります。

1つは前述した「サーマルリアクター」という排ガス浄化装置です。 これは酸化触媒や三元触媒が一般的になる以前の排ガス浄化システムの一種で、排気マニホールドにチャンバー(燃焼室)を設け、その中に二次空気を噴射して排ガスを再燃焼させてHC(ハイドロカーボン:炭化水素)濃度を低減させるものです。

ただしこれは排ガスを燃焼させるためにわざと空燃比を濃くしなければならない(NAでも燃料冷却をしているターボなみの10:1とか11:1くらいまで濃くしていたらしい)ため、燃費が極悪になるという欠点があり、省燃費が重要になった1970年代のオイルショック以降、姿を消した過去のシステムです。

2つめは「ミスファイアリングシステム」です。 これはターボエンジンでアクセルオフしたときに作動させるものですが、吸入した混合気を文字通りわざとミスファイアさせて排気マニホールド内で混合気を燃焼させることでタービンホイールに圧力をかけて強制的に回転させ、タービンの回転を下げないようにすることでターボラグによるレスポンスの低下を避けるためのシステムです。 これにも当然欠点があり、排気マニホールドやタービンの耐久性が低下してしまうことです。 なのでこれはもっぱら競技専用です。

これらはいずれも「馬力アップ」や「燃費向上」には結びつかない(むしろ悪化する)システムです。