観音信仰とは

観音は観世音菩薩といい女の仏様で亡くなった時お迎えに来ます、手に蓮のつぼみを持つのが特徴でこれに亡くなった方を乗せて中央に阿弥陀如来、右に勢至菩薩と共に極楽へ行けるわけです。

この組み合せを阿弥陀三尊(あみだ・さんぞん)といいます。

このような阿弥陀浄土の信仰はお寺を中心にされていますが「観音」からずれるので以下省略します。

観音様は修行中の身ですから親しみ易いと言う事で信仰されました、観音信仰はかなり古くから有り1000年を超えて信仰されています。

写真は五十部町西船に有る観音立像で半浮彫りになっています、蓮の蕾を持っています、横に造立の年代が入っていますが写真では分かりませんね。

右手横に「嘉永7甲寅10月 建立」と幕末の物で西暦換算1854年でした、左手には造った方々の名前が有ります。

如意輪観音(にょいりん)

観音像は西船の様な物は少なく、手が6本有る(六臂:ろっぴ)如意輪観音が石像としては多い。

如意輪観音はなんでも希望を叶えてくれるのと女の仏様で有る事から、女性の方が信仰しています。

西荒井町に有る観音様(11KB)です、直前に次の様な物が出ていました参考にして下さい、管理しているのはお寺です。

如意輪観音菩薩

・地元では妙蓮観音(みょうれんかんのん)と呼ばれています。
人々の願いを成就させると伝えられ、延寿、安産に
ご利益があります。(除難子育てにもご利益)
・寛政5年(1793年)西新井の女性たちにより建立されました。
永明寺入口の自治会館前にあったものを、戦後間もなく
現在の位置に移設されました。
・お参りした女性達は皆安産であったと伝えられており
現在も地元の女性達の信仰の対象となっております。

永明寺 住職

如意は、三蔵法師の話に出てくる「孫悟空」が持っている”にょい棒”は思ったまま自由になる棒ですが、これと同じで「どんな願いでも叶えましょう」という意味です。

観音巡礼について

古来より、親しみ易く人気の観音様は信仰の対象とされて来ました、心の浄化を求めてあちこちに点在する観音像を拝すれば穏やかな心になるのでしょう。

日本には西国三十三、坂東三十三、秩父三十四の札所が有り、合わせて百の観音霊場が有る。

秩父の霊場が三十三から三十四霊場になったのが室町末期との事で既に400年も前に百観音霊場が出来上がっていたのです。

西国の移し観音霊場

元々西国三十三箇所の観音霊場が始まりでしたが、遠方で行けないので近場に三十三霊場を作って「西国三十三札所を回ったのと同じご利益が得られる」と言う事で各地に作られました、これを「西国の移し観音」と言います。

こちら関東では坂東三十三、秩父三十四霊場も同じ意味で作られ有名になっています。

もっとローカル的な観音霊場が!

市内には足利坂東三十三観音が、両野三十三観音が作られ幕末から昭和にかけて観音信仰が盛んにされていたようです。

江戸時代に作られたこれらローカルの三十三観音霊場は、信仰心の薄れと共に現在その存在意義も薄れ所在さえも不明になりつつ有ります。
江戸時代この様なローカル三十三観音霊場がたくさん作られましたが観音巡礼をする方が少なくなり現在では観音巡礼回りも激減しています。

きっと皆さんの所でも三十三観音霊場が有ると思いますので探してみてはいかがでしよう。

実は足利にはこの他隣接地に重なるのですが「新田秩父三十三観音」、「弘法21箇所」とか「新四国八八箇所」というのが有って詳細不明です、明治初めにお寺が多数廃寺になってこの時観音霊場が移されたりして一部消滅している所も有り不明の所が多い。

観音巡礼と四国巡礼

観音信仰と少しずれますが、最近の石仏ブームや巡礼ブームでこの観音巡礼や弘法大師の四国八十八ヶ所巡礼と合わせて石碑等が作られている。

四国八十八ヶ所巡礼リスト内の「設置場所」は織姫山に点在する石碑の位置です、市外の方は寺名などを参考にして下さい。

月谷町に「四国、西国、坂東、秩父 奉納百八拾八箇所(32KB)」の石塔が有ります、巡礼地全部合わせると188箇所になります。

普通100ヶ所の物が多い、それは四国八十八ヶ所が真言宗の弘法大師に関係する所でこれは別物と除外する為です。

観音信仰と真言宗の弘法大師信仰が混じった珍しい物ですが、188箇所の石塔は「真言宗系の方が造った」のでしょうか。